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まちの歴史

三原市の誕生日は2005年3月22日?住所からたどる1市3町の合併

三原駅前のデジタルサイネージ
三原駅前のデジタルサイネージ

「三原市が誕生したのはいつ?」と聞かれたら、何年と答えますか?実は三原市には、1936年と2005年という2つの大きな節目があります。2005年3月22日、旧三原市・本郷町・久井町・大和町が合併し、現在の三原市が誕生しました。昔の住所にあった郡名はどうなったのか?郵便番号は変わったのか?身近な住所を手掛かりに、三原市の意外な歴史をたどります。

三原市の誕生日はいつ?実は2つの大きな節目がある

「三原市が誕生したのは、いつでしょう?」 そう聞かれると、少し迷うかもしれません。 三原市の公式ホームページを調べると、2005年(平成17年)3月22日に、現在の三原市が誕生したことがわかります。 しかし、三原という名前の市が、この日に初めて誕生したわけではありません。 実は、それより69年ほど前の1936年(昭和11年)にも、三原市が誕生しているのです。 1936年11月15日、三原町・糸崎町・山中村・西野村・田野浦村・須波村が合併し、市制を施行しました。 これが、2005年の合併以前に存在していた「旧三原市」です。 その後、2005年3月22日に周辺の3町と合併し、現在の三原市が誕生しました。 つまり、三原市には「1936年の市制施行」と「2005年の新市設置」という、2つの大きな節目があるのです。 同じ「三原市」という名前でも、それぞれの時代で市の区域が異なっていることが重要なポイントです。

2005年3月22日、1市3町が一つの三原市に

2005年3月22日、現在の三原市が誕生しました。 合併したのは、次の1市3町です。 ・旧三原市 ・豊田郡本郷町 ・御調郡久井町 ・賀茂郡大和町 注目したいのは、3つの町がそれぞれ異なる郡に属していたことです。 本郷町は豊田郡、久井町は御調郡、大和町は賀茂郡に属していました。 そして、旧三原市はすでに市だったため、いずれの郡にも属していませんでした。 この1市3町が合併し、新しい三原市が設置されたのです。 ここで知っておきたいのが、合併には「編入合併」と「新設合併」があるということ。 編入合併は、既存の自治体に別の自治体を編入する方式。 一方、新設合併は、関係する自治体を廃止して、新しい自治体を設置する方式です。 2005年の三原市は、後者の新設合併でした。 旧三原市が3町をそのまま取り込んだのではなく、旧三原市を含む1市3町から、新たな三原市が設置されたということです。 同じ市名が引き継がれたため、名前だけでは気づきにくい歴史かもしれません。

昔の住所には「豊田郡」「御調郡」「賀茂郡」があった

2005年の合併による変化は、現在の住所にも残っています。 三原市が公開している「合併による住所の表示」という資料には、合併前と合併後の住所を比較した一覧表があります。 例えば、次のような変更が行われました。 【旧本郷町】 変更前:豊田郡本郷町大字船木 変更後:三原市本郷町船木 【旧久井町】 変更前:御調郡久井町大字江木 変更後:三原市久井町江木 【旧大和町】 変更前:賀茂郡大和町大字下徳良 変更後:三原市大和町下徳良 これらは、三原市の公式な新旧対照表に掲載されている住所です。 合併前は、それぞれ異なる郡に属する町でしたが、合併後はすべて「三原市」の住所になりました。 また、これらの例では、旧住所にあった「大字」という表記も、新しい住所では使われなくなっています。 一方、「本郷町」「久井町」「大和町」という名前は、現在の住所にも残っています。 旧町名が住所の一部として引き継がれているのです。 何気なく使っている住所にも、合併前の地域の歴史が刻まれていることがわかります。

意外!旧三原市の住所は変わらなかった

合併によって新しい三原市になったのなら、市内すべての住所が変わったのでしょうか? 実は、そうではありません。 三原市の公式案内には、旧三原市について「合併に伴う表示の変更はありません」と明記されています。 つまり、旧三原市の地域では、2005年の合併を理由とする住所表示の変更は行われませんでした。 一方、本郷町・久井町・大和町では、住所の先頭にある郡名などが変更されました。 同じ合併でも、それまで住んでいた地域によって、住所表示への影響は異なっていたのです。 ここで、もう一つ気になることがあります。 住所が変わった地域では、郵便番号や電話番号も変わったのでしょうか? これについても、市の資料には答えが書かれています。 三原市の案内によると、合併に伴う郵便番号の変更はありませんでした。 また、電話番号についても、合併に伴う変更はありませんでした。 住所表示は変更されても、郵便番号や電話番号はそのまま使用できたのです。 自治体の区域や名前が変わることと、郵便や電話の番号が変わることは、必ずしも同じではないとわかります。

昔の住所を証明する書類もある?

住所が変わると、過去の書類に書かれた住所と、現在の住所が異なることがあります。 例えば、合併前の住所が記載された書類を見つけたとき。 そこには「豊田郡本郷町」や「御調郡久井町」と書かれているかもしれません。 現在の住所と違っていても、合併に伴って表示が変更された可能性があります。 実際、三原市では合併に伴う住所表示の変更を証明する書類を交付しています。 市の公式案内によると、この証明書は無料で、市役所本庁や支所で交付されます。 住所変更の手続きに必要な場合に利用できるものです。 合併は単に地図上の境界が変わるだけではなく、住所に関する書類や手続きにも関わっているのです。 また、古い資料に残る郡名や町名は、その場所がかつてどの自治体に属していたのかを知る手掛かりにもなります。 昔の封筒や地図、地域の案内冊子などを読むときには、ぜひ住所の表記にも注目してみてください。

2005年以前の「三原市」は、今の三原市と同じ?

昔の三原市を調べるときに、気をつけたいことがあります。 それは、資料に書かれている「三原市」が、現在と同じ区域とは限らないことです。 例えば、2000年の資料に「三原市の人口」と書かれていた場合、それは当時の三原市を対象とした数字です。 現在の三原市に含まれている本郷町・久井町・大和町は、2000年の時点では別の自治体でした。 そのため、合併前の旧三原市の人口と、合併後の三原市全域の人口を単純に比較すると、正しく変化を読み取れないことがあります。 ここで参考になるのが、三原市が公表している過去の人口統計です。 2005年3月21日、つまり合併前日の「旧1市3町の合計人口」は、104,628人でした。 この数字は、旧三原市だけの人口ではありません。 合併する4つの自治体を合わせた人数です。 同じ「三原市の人口」という言葉でも、どの区域を対象にしているかを確認する必要があります。 過去の統計を読むときには、年だけでなく「旧市町別」「旧1市3町の合計」などの表記にも注目することが大切です。

2025年には、新しい三原市が20周年を迎えた

2005年3月22日に誕生した現在の三原市は、2025年に20周年を迎えました。 三原市では「市制施行20周年記念事業」として、さまざまな取り組みが行われました。 2025年5月17日には、三原市芸術文化センター ポポロで記念式典が開催されています。 市の公式発表によると、式典には来賓や関係者など約500人が出席しました。 ここで少し面白いのが、1936年の市制施行から数えると、2025年は89年目にあたることです。 それでも2025年に20周年を祝ったのは、2005年に新しく設置された三原市を基準としているためです。 「三原市になって何年?」という質問も、どの歴史の節目を基準にするかで答えが変わります。 1936年に始まった旧三原市の歴史。 2005年に始まった現在の三原市の歴史。 この二つを知ることで、三原というまちの成り立ちを、より正確に理解できます。

いつもの住所から、三原の歴史を発見してみよう

普段、何気なく書いている住所。 そこには、2005年の合併以前の地域の名前が残っています。 本郷町、久井町、大和町。 現在はすべて三原市の一部ですが、かつてはそれぞれ独立した町でした。 さらに昔の資料をたどれば、豊田郡、御調郡、賀茂郡という名前にも出会います。 そして、三原市そのものにも、1936年と2005年という二つの大きな歴史の節目がありました。 こうして見ると、住所は単に場所を示すだけのものではなく、地域の成り立ちを知る手掛かりにもなります。 古い地図や封筒、地域の資料を見かけたら、ぜひ住所を眺めてみてください。 現在とは違う郡名や町名が書かれているかもしれません。 そこから、今では一つになった三原市の、それぞれの地域の歴史が見えてきます。 「三原市の誕生日は2005年3月22日?」 その答えは、現在の三原市については「はい」。 でも、三原市という名前の自治体の歴史は、さらに前の1936年にさかのぼります。 身近な住所の中にも、そんな三原の歴史が残されているのです。

参考資料・出典